幸村さん Happy Birthday!             ※中1時代です





3月上旬。もう春かと思うような日があったり冬に逆戻りしたような寒かい日があったりの体温調節がめんどくさい時期。
部活はうるさい3年が引退し、1年と2年だけになって約半年。あと1ヶ月もすれば新入生が入ってくる。

日差しがぽかぽかと暖かいその日、青春学園男子テニス部は休日を利用して立海大付属と練習試合をしていた。

本来ならシード校同士で練習試合をするのは珍しいことなのだが、今回はなぜか立海側から是非にと申し込まれた。しかも1ヶ月も前から日にちまで指定して。
立海なら他県に頼まずとも対戦相手などいっぱいいるだろうに、と顧問の竜崎は怪訝に思いながらも結局その申し出を受けた。あちら側にどんな思惑があるにせよ、この時期に強豪校と手合わせができるのはいい機会だ。
順当に行けば夏の大会で立海に当たるまであと5ヶ月はある。身体が出来上がってくるこの時期の選手たちはこちらが驚くぐらいにまだまだ伸びる。竜崎は長年の経験で知っていた。

そして、あの子にもいい刺激になるだろう。

竜崎は、入学したての頃からすでに3年を圧倒していた1年の顔を思い浮かべた。未だ底が知れないサウスポー、手塚国光。彼が実力を出し切れる相手を欲しがっていることは分かっていた。





「手塚、今日はよろしく」

手塚が試合待ちのアップをしていたとき、上から声が降ってきた。

「幸村」

顔を上げると立海大の1年、幸村がいた。手塚も幸村も小学校からテニスをしていたから何かと大会で会ったりして、たまに連絡を取り合うぐらいには仲が良かった。あまりマメなほうではない手塚だから、主に幸村からという注釈はつくが。

優しい顔立ちの幸村は今日も柔和な顔を崩さない。手塚に向かってニコニコしている。ここに立海大の柳がいれば、普段より何割増で機嫌がいい云々と教えてくれただろうが、生憎その柳は同年代の部員たちと遠くから二人を見守って・・・否、監視していた。
万が一、幸村が手塚に無体な真似をすれば部員一同すぐさま駆けつけられる体勢だ。ともすればどさくさで手塚に近付こうという算段だ。と思えば、青学の面々も同様に手塚にアプローチしてきた幸村の動向を注視していたりする。

だが青学1年たち、手塚に下心を持って近づく輩を自主的に阻止している彼らは、全員コートで試合中だった。手塚を守るストッパーがいない。彼らは焦った。
早く終わらせたいのにさすが立海大、なかなか攻める隙を与えてくれない。そればかりか向こう側には何か切羽詰ったような死に物狂いの気迫があり、試合というよりも生きるか死ぬかの闘いを挑まれているようだ。しかも幸村が気になって気が散るといった具合で、駆けつけたくても駆けつけられない状況に歯がゆい思いをしていた。
わざと負けるという選択肢は、手塚に軽蔑されたくないという気持ちと生来の負けず嫌いが合わさって初めから存在しない。何としても勝たなければ。試合はますますヒートアップした。

いつになく熱い試合を繰り広げる青学の面々に影響を与えているとは露知らず、当事者の手塚は幸村が差し出してきた拳にコツンと合わせ、久しぶりだなと返す。

手塚はすでに一度試合を終えていた。今戦っている彼らとは違い、汗もかかないうちにストレートで相手を破って。手塚は正直、立海の選手にしては手応えがなかったと思った。強い相手と当たった不二たちが少し羨ましかった。

「いい勝負だよね」

「そうだな」

挨拶をしたきり試合を見ていた手塚に幸村が話し掛ける。それだけの会話。
しばらく二人並んで眺めていた。

「手塚、次の試合まで打とうよ」

手塚は少し考えたあと、頷いた。

今日はコートを全部使っての試合形式をしていた。それぞれ試合を行い、空いたところからレギュラー以外も混じって順番に入っていくという方式は、練習試合というよりも合同練習に近いかもしれない。テニスコートの周りでは試合に出ていない者たちがそれぞれ練習している。今までなかったやり方だが、そのお陰で散らばった色の違うユニフォームの中、幸村が手塚と話していてもさほど違和感はなかった。

「手塚とテニスするの、楽しいな」

「俺もだ」

打ちながら幸村が言った言葉に手塚も何気なく返答。本当?と幸村。本当だ、と手塚。あはは、と幸村が笑う。

「それなら嬉しいな。でも、試合はもっと楽しみ」

その通りだ、と手塚は思った。強い相手との試合は、刺激的で楽しい。

「今日はよろしく」

「それは当たればだろう」

「それなら大丈夫」

手塚も強い相手と出来るのは嬉しいし、望ましいことだ。しかしそれは先生の采配次第だろうと思って言えば、即答されてしまった。
どういう意味だろうと手塚が訝しげな顔をしたところに、絶対当たるから心配しないでと幸村が笑う。
心配はしていないが、当たるなら当たるでいいだろうと結論付けた。





「ほら、ね?当たっただろ?」

「そうだな」

と言いながら正面にいる相手と握手を交わし合う。何やら意味ありげな言葉に、自分と当たるように進言でもしたのだろうかと手塚は考える。さっきの言葉を疑うわけではないが、それほど自分と試合がしたいのだろうか。
望むところだ、と思った。相手に不足はなかった。

「幸村」

「何だい?」

「誕生日おめでとう」

「えっ?」

「今日、誕生日じゃなかったか?」

不意打ちを食らった顔の幸村に、さっき思い出したと手塚が付け加える。幸村との試合を振り返っていたときにどう作用したのか、去年、誕生日のときにおめでとうと言ってもらい、自分も幸村の誕生日を訊いたことを思い出したのだ。
今言うことでもないと手塚も思ったが、勝ち負けが決まった直後では勝っても負けても言う気にはなれないだろう。もちろん負ける気は更々ないが、と手塚。
目を丸くしていた幸村は、手塚らしいや、ありがとう、と笑いに紛らわせて放した手塚の手をまたぎゅっと握った。

「いい試合にしよう」

「もちろん」

そう言う手塚の顔つきが変わる。手塚はいつでもテニスに本気だ。幸村も、先程とは違った緊張感に包まれる。早く手塚とテニスがしたいと身体全体が言っている。そのプレーに強く惹かれる、手塚国光という人間に魅せられる。そう思うのは手塚だけ、手塚だけだと、幸村は手塚の体温の残る手を握りしめた。
身体の内側に確かな熱がある。




「本当・・・最高だな手塚は」

そう呟いて、ボールを空高く投げ上げた。







「おぉ、おぉ、楽しそうじゃの〜」
「俺も手塚とやりたいのに!幸村ずるい!」
「今回は青学と試合するために裏工作までした幸村君の功労賞でしょうね・・・」
「でも、すぐそこに手塚サンがいるんですよ!」
「手塚もダブルスしねえかな・・・」
「諦めろ。幸村の手塚タイムを邪魔をしたら明日がない確率100%だ」
「・・・手塚、たるんどる!」





「立海の幸村・・・やっぱり僕と同じ匂いがするね、フフ」







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